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石のつぶやき200 靖国はたれのためにあるのか?  [平成阿房伝]

10月26日(火)10   朝日新聞



靖国合祀の取り消し認めず 那覇地裁が遺族の訴え棄却



 沖縄戦などで死亡した肉親が靖国神社に無断で合祀(ごうし)され、「追悼の自由」が侵されたとして、沖縄県内の遺族が靖国神社と国に合祀取りやめと慰謝料を求めた訴訟で、那覇地裁は26日、遺族の請求を退ける判決を言い渡した。平田直人裁判長は「法的救済を求めることができる権利が侵害されたと認めることはできない」とした。

 原告はいずれも70代の男性5人。肉親計10人の合祀について2008年に提訴した。沖縄戦で、ひめゆり学徒隊に動員された17歳の女生徒や、国に「戦闘参加者」とみなされた2歳の幼児を含む一般住民6人が含まれる。  原告は戦争の犠牲になった肉親が、軍国主義の象徴だった靖国神社に無断で合祀され、「家族の結びつきに基づく追悼の自由を侵された」と主張。神社が管理する「祭神簿(さいじんぼ)」などから氏名を消すように求めた。

 国は多くの一般住民が戦闘に巻き込まれた沖縄戦の経緯をふまえ、「戦闘参加者」とみなした一般住民の遺族に対して給付金などを払っている。遺族は、「戦闘参加者」の情報を国が神社に伝え合祀に協力したと指摘。「天皇制護持の捨て石となった肉親への冒涜(ぼうとく)だ」として国も訴えの対象にした。

 靖国神社は「宗教の自由」を根拠に「遺族の承諾なしの合祀に問題はない。祭神簿からの氏名抹消は神聖な祭神への非礼だ」と訴えの却下を主張。国は「神社には戦没者氏名等の一般的な調査回答をしただけで、合祀は神社の判断だ」と棄却を求めていた

ふたこと:靖国に「宗教の自由」と嘯く根拠は那辺にあるや。宗教の自由を標榜できるのは、市民である。市民が嫌だと拒否する、宗教の自由を侵害する靖国は、なぜ存在するのか。英霊のためか?英霊は軍人だけであるはずべきである。なぜなら靖国は軍人のための場所であるからだ。合祀を認めない人に強制する靖国を国は当たり前としている。国とは皆のものである。敵対するものでは無かろう。なぜこうなったのか。当たり前のことをいわなくなった政治は必要ないであろう。靖国は一宗教法人として真摯に戦争で死んだ人々を悼むしかない。それを越える靖国は政治的な立場である。この裁判の判断は、従前の判断を踏襲した違法なものであろう。政府民主党は無視か?
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