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石のつぶやき391 JR西日本の社長の無罪判決は意味不明、亡国への道 [平成阿房伝]

1月26日(木)12 読売新聞


「判決覆せない」地検、控訴断念の理由語らず


 福知山線脱線事故で、JR西日本の山崎正夫・前社長(68)の無罪判決が確定した。遺族の願いを直接受け止めてきた神戸地検はぎりぎりまで「控訴」を検討したが、検察上層部には消極意見が根強かった。 

「1審判決は覆せない」。記者会見した地検幹部はそう繰り返し、無念さをにじませたが、断念に至る詳しい理由については口を開かなかった。

 「控訴を断念することにいたしました」。神戸地検で25日午後4時から開かれた「控訴断念」の記者会見。 小尾 ( おび ) 仁次席検事は、手元の書面を見ながら、硬い表情のまま報道陣に対応した。具体的な理由を聞かれても、「細部はともかくとして……」と詳細は述べずに、「全証拠を精査したが、控訴しても1審判決を覆し難い」と、10回以上繰り返した。 

判決で山崎前社長が事故を予見できたかどうかについて「検察は一方的な意味づけをしている」と批判された点を問われ、小尾次席は20秒ほど沈黙、「承服しがたい点は多々ある」と声を絞り出した。「公判で十分に立証できなかったということか」との質問には顔を紅潮させ、断念に至るまでの複雑な心境をのぞかせ、約50分間の会見を終えた。


ふたこと:結論ありきの、無意味な裁判の象徴である。日本の司法は「とき」の権力者のためにあった。三権分立というが、行政も司法も立法も存在しない。端的に言えばエスタブリッシュメントの意の召すがまま、恣意的なものである。今回の控訴断念は根拠のないものである。「上」からの意向を反映したものに過ぎない。「言わずもがな」の世界である。  事故が起これば企業のトップに責任があるのは、当然なのだ。「知らなかった」であっても、事故が起きたときは最高責任者が責めを負うのは、最高責任者としての使命である。それを何の責任もない運転手に転嫁するトップの厚顔無恥を上塗り隠す司法は、たれのために存在するのか、恥を知れ。残念ながら、恥も感じる感性などとっくにないか、末期症状にもかかわらず・・・。
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