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石のつぶやき719 ドイツは侵略した、といっている [平成阿房伝]

10月3日(木)13 朝日新聞  オピニオン

  インタビュー  これからのドイツは

  国民求めた信頼感   欧州危機政策は   同じ方向で進む
  ドイツ総選挙でメルケル首相が3選を確実にした。首相は、ギリシ  ャなどが苦境に陥った欧州政府債務危機で指導力を発揮する一方、リ  ビアの内戦には軍事介入を控え、英仏との違いを見せた。これからド
 イツはどのような道を進むのか。約4年の任期を間もなく終える駐日
 ドイツ大使のフォルカー・シュタンツェル氏に聞いた。

―――9月22日の総選挙ではメルケル首相率いるキリスト民主・社会同盟(同盟)が大勝しました。ドイツ国民は何を求めたのでしょうか。
 「国民が求めたのは、信頼できるリーダーシップだと思います。ドイツの失業率は今、極めて低い水準です。でも、この繁栄は壊れやすいものだと多くの人は考えています。雇用は増えているのですが、派遣契約の雇用が多く、何十年もあてにできるものではない。そして、日本も同じだと思いますが、社会が高齢化しているためにリスクが高まっている。社会保障のコストが増えていくことに対し、簡単な解決方法がないのです。だからこそ、人々は頼れる政府を求めてたのです
 ―――欧州の直面する最大の課題は、政府債務危機を乗り切ることです。しかし、反ユーロを掲げる政党「ドイツのための選択肢(AfD)」も一定の支持を集めました。
 「ユーロ政策に反対する声が国民の間にあるのはおかしなことではないし、そうした立場の政党が存在するのは自然なことです。総選挙での得票率は4.7%でした。小さな数字ではありませんが、議席獲得に必要な5%に達しませんでした。政府の路線は信認されたのです。選挙戦でも、同盟、社会民主党(SPD)、緑の党という三つの主要政党の間で、政府債務危機の扱いについて論争はほとんどありませんでした。」
 ―――同盟は単独過半数までは議席がとれず、連立政権を組む必要があります。連立相手となりうるSPDや緑の党は、同盟に比べれば南欧諸国にやさしい姿勢でした。新しい連立政権では、例えばギリシャに課している緊縮財政を緩めるなど、何か変化は起きないのでしょうか。
 「連立相手となる政党が自分たちの存在感をどう出していくか、という思惑はあるかと思いますが、ドイツの直面する最大の課題をそれに使うというのは、非常に危険です。大きな変化はあまり想定できないと思っています。欧州連合(EU)本部のあるブリュッセルなどでは、新連立政権が政府債務危機について、これまでと違う政策を取るかもしれない、という観測が出ているようですが、私はそうは思いません」
 

 ―――ギリシャからの報道を見ると、メルケル首相が勝ったことに批判的です。「緊縮財政の女王が勝利した」と言われていますね。
 「一人一人のギリシャ国民は、仕事を失い、収入を大きく減らしています。人々が非難する誰かを求めていることは理解できます。でも、ドイツ政府が、ただ金庫の上に座ってお金を出すことなく緊縮財政を求めている、という絵図は間違っています。私たちはギリシャを救援し、支援しています。支援パッケージのうち、27%は私たちが払っています。『緊縮財政の女王』と言いたい気持ちは分かるのですが、客観的な事実ではありません」
 ―――でも、各国にドイツ流の財政規律を押し付けているという批判はずっとあります。 「私たちが払っているお金がどう使われているかには注意を払わなければいけません。多くを貢献するということは、一定の影響力を持つことも意味します。ただ、そのやり方として、自分たちの望むことを他国に押し付けたことは一度もありません。テーブルの上にアイデアを置いて、議論に委ねているのです。結論は私たちの求めていた通りにはなりません」
 ―――戦後史を振り返ると、ドイツはずっと「経済的には大国だが政治的には小国」と言われてきました
 「それは、私たちの『自制』という考え方から来るものです」
 ―――自制?
 「私たちは侵略者でした。戦後になると、周りの国すべてが私たちの犠牲者でした、もし、もうドイツのことを恐れてほしくない、協力してほしいと思うならば、自分の考えを他国に押し付けるのを控える以外にありません。もちろん、私たちの要求を一切いわなかったわけではありません。しかし、その時には欧州の多国間の枠組みで進めました
 ―――その態度は、政治家たちが選び取った戦略だったのでしょうか。
 『最初はそうでした。今はむしろ、文化と言うべきでしょう。他に選択肢はない、そんな道なのです。私たちは、この文化を手にしたドイツが、いかにうまく前に進むことができたかを知っています。今日の政治家たちが、このコースを変える理由はまったく見当たりません
 「2011年のリビアへの軍事介入に加わらなかったこと、シリアへの軍事介入への慎重姿勢も、自制の文化から来るものです。もちろん、北大西洋条約機構(NATO)の原則から、ドイツがNATO域外で活動できなかった20年前とは違います。私たちの軍隊は、今やアフガニスタンやアデン湾などにもいます。しかし、自制の文化という考え方は続いています。軍事行動が絶対に必要だと納得しなければ動きません


 ―――日本にも同じような自制の態度は見えますか。
 「もちろんそうです。日本もひどい戦争を引きおこし、そして戦争に負けた後、ドイツと似たような結論を導き出したのだと私は考えています。経済発展に専念し、国家を再建するけれども、決して自分の意志や利益を他国に押し付けることはしない。自制とは賢い選択です」
 ―――でも、日本はドイツと違い、いまだに中国や韓国との歴史問題をかかえています。 「不幸にも日本とドイツでは環境に大きな違いがあります。欧州では私たちだけではなく、フランスなど私たちの犠牲者であった国々も和解を喜んでくれました。そして彼らと一緒に、EUをつくるという事業を成し遂げることができたのです。しかし、日本の場合は、アジア連合のような事業はありませんでした。中国は共産主義国家だし、韓国はかつて軍事独裁でした。これらの国は民主的なパートナーにはなりえませんでした。同じ立場に立って多角的な協力を政策として進めることは、私たちよりもずっと難しかったと思います」
 「そしてもちろん、二つの原子爆弾を被った国として、日本の多くの人々は、犠牲者になったとの感情も持ちました。日本にとって戦争の責任を受け入れることは、私たちよりも難しかったと思います」
 ―――04~07年に中国でも大使を務められました。日本と中国との関係改善はなかなか進みません。
 「中華人民共和国の建国以来、共産党支配の正当性には、共産主義と愛国主義という二つの柱がありました。しかし、天安門事件のあとに共産主義の正当性が疑わしいものになってしまうと、共産党は後者の柱を強めようと決めたようです。愛国教育を強め、日本のイメージが変わりました。若い世代は実際の戦争を知らない。私は危険を感じます


 ―――日本の憲法9条は「自制」の助けになっていると思いますか。
 「日本は、どうあっても自制を続け、その文化の中で行動するでしょう。その意味で憲法の条文は必要ありません。しかし、それは隣国が安心するための助けになります。東京で何が起きても、憲法9条があれば安全だとみなが知っています。私たちにとっては、かつてNATOへの統合が非常に役に立ちました。ボン(旧西ドイツの首都)で何が起きても、隣国は私たちが軍隊を独自に動かせないことを知っていました
 
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