SSブログ

石のつぶやき816  永続終戦論 [平成阿房伝]

2月10日(火)15


         永続終戦論


 汚れちまった悲しみに例えば狐の皮衣・・・。嘘でも何千回と繰り返していけば、何となく本当になる。敗戦を終戦といえば、たれも責任は問われない。免責事項という卑怯なものがあったにせよ、帝国憲法であったにせよ、統帥権を持つ最高の権力者は日本帝国に責任を持つものであろう。それが終戦という言葉でご破算にした。統治者と一緒に写った貧相な日本人、これがすべてを物語る。
 命乞いでもしたかのような姿である。彼の責任をどこか遠くに仕舞っておこうとするかのような「一億総懺悔」、これで戦争責任は日本国民にとってかわった。それが日本の敗戦後の美しい姿なのだ。

 日本の美しい姿を見据えた三島由紀夫は自衛隊の決起を求めたが、呼応するものがなく、腹を切って責任をとった。それはそれで三島由紀夫という美学でもあった。であったにも関わらず、責任をとる日本人はいなくなった。言えば責任など存在しないかのようだ。言うことが只ということに終始しているこの悲しい姿。言葉を言い換えることに終始する。それが敗戦という現実を終戦と言い換えることで日本をここまで嘘を嘘で終始した。その結果が今の日本であろう。
 

その日本の姿とは違う態度で過去の戦争にドイツは対峙した。

「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目」 元独大統領死去
 ドイツのワイツゼッカー元大統領が31日死去した。ドイツの大統領は政治的な実権は持たず、象徴的な存在だが、数々の演説によって元首としての重みを発揮し、国を動かした。
 1985年5月のドイツ敗戦40年の演説では「先人はドイツ人に容易ならざる遺産を残した」とし、「我々は若かろうが年をとっていようが、みな過去を受け入れなければならない」と語った。ナチス・ドイツへの関与の有無にかかわらず、国民一人ひとりが当時の非人間的行為に目を向けなければ、過ちが繰り返されるとのメッセージだった。演説は当時200万部も印刷された。国外での反響も大きく、演説は二十数カ国語に翻訳された。

 演説の5カ月後、当時の西ドイツ大統領として初めてイスラエルを訪問。ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)をめぐり、イスラエル国民の間でドイツに対するわだかまりが強かった時代だ。ドイツ人の歴史的責任を強調し、イスラエル側はこれを「歴史的な出来事」と評価した。2年後のイスラエルのヘルツォク大統領による初の西独訪問につながった。

 90年の東西ドイツ統合では、国民の熱狂の中で、周辺国に「強いドイツ」復活への懸念があることを認め、欧州統合の推進力となることを誓った。

 94年に大統領を退いたが、その離任演説で「外国で自分たちがどう見られているかばかりを考えるべきではない。もっと重要なのは、鏡に映る自分たちの姿に何を見いだすか、だ」とも述べた統一後のドイツで広がった移民排斥の動きにも懸念を深めていた
. {朝日新聞デジタル 2月1日(日)}


 日本の首相が世界各国を巡って「積極的平和主義」を標榜する。その結果は何であったか。二人の日本人の命が奪われた。それをバネに日本人の救出に自衛隊を派遣するという。何とも言いがたい倒錯だ。今際に命に危険がある存在に何も講じることができなかった安倍政権。日本人の命と財産を護ると言ってきた安倍政権。命を守れなかったにも関わらず、とうとうと自衛隊の集団的自衛権をまことしやかに述べる安倍首相は、日本人の命など露ほども思っていない。戦争をするということは、命など何も考えない、数字の問題なのだ。70年前の召集令状は一銭五厘の葉書でしかなかった。戦争で使われる牛馬の方がより価値があった、人の命より・・・。


  平和の申し子たちへ! 作家・作詞家 なかにし礼


二〇一四年七月一日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒の時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう                人生の贈り物 第一話より

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。