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石のつぶやき1017 難民としての我らと彼ら 池澤夏樹 [平成阿房伝]

10月8日(木)15  朝日新聞夕刊


(終わりと始まり)
   
    難民としての我らと彼ら 開国の時期ではないか 池澤夏樹



 安保関連法が成立した。

 「戦い済んで日が暮れて……」思うことは多い。

 賛成票を投じた議員のみなさん、

 政府の説明が論理に沿って充分(じゅうぶん)なものであったと思われての賛成なら、あなたは論理的思考能力に欠ける。

 充分でないと知って賛成したのなら、あなたは倫理的判断力に欠ける。

 どちらかに○をつけてください。

 次回の選挙の参考にします。

 九月半ば、国会議事堂前のデモの中に身を置いて、みなの勇壮活発でどこか悲壮なシュプレヒコールに伍(ご)しているうちに、自分たちは日本国憲法から追放されて難民になるのだと覚(さと)った。

 この国の国土が戦場に直結する時、非戦・平和に固執する民の居所はなくなる。  これからは臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の覚悟で失地回復・捲土(けんど)重来に力を注がなければならない。(こういう話になると漢語が増えて肩に力が入る。もっとしなやかに考えて、したたかに動かなければ)。

     *

 シリアなど近東からの難民がヨーロッパに押し寄せてあちこちで混乱が起きている。ドイツなど富裕な国は受け入れに積極的だが、東ヨーロッパの貧しい国はできれば彼らを入れたくない。障壁を作ったり、あるいは通過するだけとして速やかに隣国へ送り出す。ハンガリーはとりわけ強硬で、他の国の顰蹙(ひんしゅく)を買っている。

 ドイツにしたって重荷という思いはあるだろう。それでもドイツはこのところ景気がいい。その一方、経済政策で批判を浴びることが多かったから、ここは一肌脱ぐと決めたのか。

 これはいわば遠い親戚が災難に遭ってこちらを頼って来たという事態だ。住処(すみか)を奪われた人々は今ここまで来ている。とりあえずは彼らが生きていけるようにしなければならない。

 EUは16万の難民を加盟国に割り当てる案を発表した。各国への振り分けの基準はそれぞれの国の人口や経済規模。ドイツは3万1千人、フランスは2万4千人などなど。

 各国民にとって判断のポイントは、シリアなどの、アラビア語を話しイスラム教を信仰する人々を、「遠い親戚」として受け入れられるかどうかだ。具体的に言えば、自分の手の中のパンを二つに割って半分を差し出せるか。

 ヨーロッパは地続きだから(地中海経由もあるが)、難民が渡りやすい。ではこれはヨーロッパの問題としてしまっていいのか。

 はるかに遠いオーストラリアは1万2千人を受け入れると言った。ブラジルは「両腕を広げて難民を受け入れる」と宣言し、ベネズエラは2万人の受け入れを表明した

 アメリカは二〇一七年までに10万人と言っている。フランシスコ法王は先日、アメリカ議会の演説で「アメリカ大陸の人々は外国人を恐れません。なぜなら我々の大半が、かつて外国人だったからです」と言って喝采を浴びた。彼は新大陸から出た初の法王。アルゼンチンの出身であり、イタリアからの移民の二世である。

     *

 ではシリアからオーストラリアと同じくらい遠い日本はどうするのか?

 安倍総理は先日、ニューヨークでの記者会見で「移民を受け入れるよりも前にやるべきことがある。女性、高齢者の活躍だ」と述べた。
 これはどういう論法だろう。彼の真意は、今後の労働力不足を移民で補うつもりはないということだ。「女性、高齢者」を「活用」したいと言いたかったのだろう。

 記者の質問は難民のことだったのに、それは無視。移民は自分の意思で来る人、難民は住処を失ったよるべない人々。速やかな支援を必要とする人々総理はこの二つを敢(あ)えてすり替えることで、難民は受け入れないと宣言したのだ。

 去年、この国に来たいと申請した難民は5千人、認可されたのは11人! 要するにぜったいに入れまいと頑(かたく)なに拒んで、できれば拠金で済ませたいと言って、難民に対する鎖国を貫いてきた。同じような姿勢でいるサウジアラビアは(我が外務省の好きな言葉を使えば)「国際社会」で軽蔑の対象になっている。

 我々は異民族とのつきあいの経験が少なく、異文化を生活レベルで受け入れることに不器用かもしれない。しかしこの先のことを考えればずっと鎖国で済ませるわけにはいかないのは明らかだ。飛行機とインターネットの時代にここはもう島国ではない。

 東京・新大久保の「国際社会」はヘイトスピーチにも負けず元気だし、埼玉・蕨(わらび)に住むクルド人数百人も周囲と調和して暮らしている。

 他国に倣って、ある程度の摩擦と苦労を承知の上で、開国すべき時期ではないのか。人口比で言えば、ドイツの3万1千人に対してこちらは4万8千人ほどになるが準備はよろしいか。

ふたこと:胸が痛い。わたくしの胸は痛いのだ。時間が経過しているにも関わらず、痛みが増してくる。おのれの非力を痛切に感ずる。悪いことには、岩場で滑ってしたたか胸を打ったのが追い打ちをかける。何十年と通った山道の小さな岩場で足を滑らせたのだ。昨日、ずいぶん前に枯れた百年以上はする松の老木が家の屋根側に倒れた。ロープで倒れないようにしていたのだが、ついに倒れてしまった。軒は一部破壊されて瓦のかけらが落ちてきていた。屋根から老木を外しておきたい一心で、力を加えてしまった。今日は座ってから立つと胸がとんでもなく痛むようになった。この痛みは当分とれそうにない。
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